【03】『日本・現代・美術』第4回レジュメ

第七章−第八章

2015/01/05 発表:大谷隆

第七章 「もの派」と「もののあはれ」

「近代」を見るとっかかりとして、この章の最後を抜き出す。
おそらく「つくらないこと」の対語は、近代の日本においては「つくること」ではなく「つくらなければならないこと」であろう。[170]
「つくること」ではなく「つくらなければならないこと」、さらには「つくらされること」ーーそれが、日本における近代の美術の現代性という砂漠の別の名にほかならないのだから。[170]
近代の近代性が徹頭徹尾、無根拠であることについてはたびたび触れてきた。そこに生を享けたわたしたちは、目的もないまま「歩まなければならない」。したがって、近代のこの「歩み」のなかで近代の美術の現代性を立ち現そうとする者は、やはり「つくらなければならない」。「あてどなく歩むこと」と「あてどなくつくること」は、近代においてはほとんど同義である。ただし、日本においてこの定式は、「あてどなく歩まなければならないこと」と「あてどなくつくらなければならないこと」の同義性に変形される。そしてそこに「つくらないですむ」ことが蜃気楼のようにときたま顔を出し、「前衛」と呼ばれて喝采を受ける。[171]
となると、我々が日々意識し続けさせられている「はたらくこと」の対語が「はたらかなければならないこと」であり、「あてどなくはたらかなければならないこと」にまで変形するとき、「はたらかないですむ」ことが蜃気楼のように顔を出し、「前衛」と呼ばれて喝采を受ける。と読み替えた時、我々がいる場所が見えてくる。

さらに「生きること」「生きなければならないこと」「あてどなく生きなければならないこと」とも読み替えると「生きないですむ」ことへの憧憬が蜃気楼のように顔を出し、喝采を受ける状況すら見えてくる。

第八章 裸のテロリストたち

一方の「前衛」が「裸」を主な武器とする徹底的に反文化的、徹底通俗的な戦略を繰り広げ、管理の暗雲立ち込める行く末としての未来を妨害すべく、過去の前近代的風俗性を起点に据えていくのに対し、他方の「前衛」は、国家と企業によって用意された潤沢な資金と最新テクノロジーを駆使して、未来における芸術のあり方を提示する、芸術の科学ならぬ科学の芸術、いわゆるインターメディア、エンヴァイランメント等々とカタカナ言葉で装飾された動向に集約されていく。後者が「バンパク(万博)芸術」ならば、前者は「ハンパク(反博)芸術というわけである。[177]
それにしても「バンパク芸術」と「ハンパク芸術」とは、その発音の類似もさることながら、超近代と反近代を強調するその姿勢にもかかわらず、双方とも「祭」を志向する前近代的な仕掛けを持つという意味においては、互いに相通ずる側面を持っていたのではないか。[177-178]
「バンパク芸術」=超近代と「ハンパク芸術」=反近代の「前衛」から近代の実感が湧く。
鶴見俊輔によれば、日本人の多くは、1920年までは明治以前からの服装(すなわち、「下着」が普及する以前の和装)を続けており、ようやくそれなりに洋装が普及したのは、戦争準備のための教育に支障を来すため、学校や工場において推し進められた服装の西洋化指導の結果であり、それを経てもなお、ひとたび家に帰れば、人びとは昔風の日本の着物を愛用していた[186]
日本における近代化が何よりもまず官権主導の啓蒙的な体制で推し進められてきたものであり、たとえばそれは国民に系統的に洋装を普及させ、公衆の面前から裸体の日常という前近代性を駆逐すべく強制させた[187]
家事の中で特に洗濯が大変だった、というのは、洋装が広まってからのことでそれまでの和装時代は、それほど大きな負担ではなかった[記録映画『昭和の家事』]。ワイシャツやシーツなどが一般化した大正から昭和にかけて、負担が大きくなり洗濯機が登場する。そのおおもとの洋装化が「戦争準備のため」というのは興味深い。日本は戦争のために西洋化し、戦後さらに米国化していった。
近代をその内部から自己批判的に再構成しようとするまっとうな道ではなく、前近代や未来といった近代の外部から爆発的に乗り越えようとするとき、それが日本においては「前衛」と呼ばれ、喝采を受ける。[189]
「日本における近代の美術がはらまざるをえなかったこの前衛性、すなわち「事件を予知しないでいる日常生活のなかに、いきなり強姦的な事件が発生する」ような芸術行為のテロ性こそが、和製ハプニングが近代の名のもとに拘束された歴史的様態なのであり、それは欧米における近代の自己解体作業の果てに現れた「前衛」と、無前提に同一視できるものではありえない。[195]
「日本の前衛」の端緒は、けっして近代芸術上の「革命」力ではなかった。それは決定的に、伝統化した明治国家の要請する「近代芸術」からの断絶をめざしたものであったとしてとらえようと思う。(略)
そもそも西洋美術の体系それ自体が模倣と再解釈を原理とするにもかかわらず、あるときは「絶対に人のまねをしてはいけない」(吉原治良)という反原理を美術の基礎に据えられ、そこから引き起こされる強い抑圧と急進性、すなわち「苦悩と法悦」をバネに、超近代芸術的テロリズムとして八方破れのハプニングに邁進していった日本の若い前衛芸術家たちには、「それ以外の道が閉ざされていた」のではないだろうか。本来ならば人のまねをしてでも、近代芸術の原理を地道に取得し、その内部から作品を再構成すべきところを、いきなり近代の超克を使命として言い渡された若者たちにできることと言ったら、あらゆる総花的なアイディアを総動員して繰り広げられるテロリズムの文化形態のほかに、いったいなにがあっただろうか?[197-198]
西洋美術が「模倣と再解釈を原理と」しているにもかかわらず「人のまねをしてはいけない」というのは現在の日本の芸大などの美術教育でも生じていて、それによる弊害はいまだ続いているように思える。

一方、似ているようにも似ていないようにも思えるものとして「ガラパゴス携帯」が思い浮かぶ。「ガラパゴス化」は、日本で生まれた言葉であり、「閉ざされた環境で著しく最適化が進行した結果、外部との互換性をうしなって淘汰される」という意味だが、例えば携帯電話のように「そもそもの技術の元となるものが外部からもたらされている」ということも含んでよいのではないか。この極めて「日本的」な状況が「日本化」ではなく「ガラパゴス化」という別の地域の名称があてられているというこの言葉のガラパゴス性も象徴的。ただし、逆に「ガラパゴス携帯は、模倣と再解釈から出現している」と言えないか。

コメント(山根)

  • 「近代人の特徴は、とぼとぼと歩くことである。」[171]に非常に惹かれた。とぼとぼと歩いているように思う自分自身を積極的に肯定するでもないが、積極的な否定からは少なくとも距離をとっていけるように思えた。 
  •  『「絶対にひとのまねをしてはいけない」(吉原治良)』[197]と私も芸大にいたころ、いやその以前から思い込んでいたなと思い返した。そこで自分ができたことといえばやっぱり「八方破れのハプニング」のようなもので、何かを構築していたという記憶はない。本を読み進めるとその考えのなさを思い出し情けなくなりながらも、少しはあの頃のことを相対化できつつあると思えることがちょっとした救いだった。だからといって自分の前に道が開けるということもなく、日本の状況がわかってくるほどにどうしていいのかわからずなかなか言葉がでなくなる。簡単に身動きが取れる感じもしない。 

コメント(大谷)

  • 先日ゼミで読んだミヒャエル・エンデ『モモ』と重ねあわせて読んだ。『モモ』の「灰色の男たち」は「目的のない」の近代性の表現であり、「目的のなさ」の擬人化と言えるのではないか。灰色の男たちは、人間によって生み出されたのは確かだが、親玉もはっきりしない妙に民主的な集団で、時間の花から作る葉巻がなくなればあっさり消えてしまう。 
  • この「目的のない」近代で「あてどなく生きなければならない」ことがはっきりしてきた。未来に対して絶望的ではあるが、現在のこの場所がどういう場所なのか、その足場の悪さが見えてくることで、少なくとも次の一歩を踏み出すことはできる。そのためにはできるだけ荷物は軽いほうがいい。そして、今見える景色を記録しておくことは重要なことだと思う。 

コメント(鈴木)

  • 今回のゼミでおもしろかったのは、残り30分になったとき「もう話し尽くした」ような感じになったことだった。もちろん理解しきれていなかったり、著者の意図と違う読み方をしている部分も細かく見ていけばたくさんあると思う。だとしても、本書のエッセンスというか重要な部分はだいぶ掴めてきたような気がする。日本がいかに「悪い場所」であるかということ、「未完の近代」にいるわたしたちは、目的もなく・無根拠に・あてどなく・とぼとぼと歩くしかないということ。著者は色々な事例を出しながら、さまざまな角度から、そのことをわたしたちに問いかけてくる。前回のコメントにも書いたけれど、「ではどうしたらいいか」は見えてこない。無根拠であてどのないまま、ただ歩いていくしかない。無根拠であることは不安だ。けれど、「どうあがいても無根拠で、あてどない」ということが分かっている状態と、そうでない状態とでは明らかに異なる気がする。後者の状態では、「この不安な状態が何とかなるのではないか」と思って、何かにすがろうとする力が強く働くように感じる。しかしどうやっても根拠はない、あてどもない。とすれば、不安を不安な状態のまま扱い、自分が今いる状態をあきらかに捉えつつ、一歩ずつ・一手ずつ前に出してみるしかないのだと思う。
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